先日、早朝から日の出の写真を撮りに出かけたら、とても嬉しい出来事があった。
見知らぬ男性が私に話しかけてくれ、2つの幸せを与えてくださったのだ。
幸せな出来事の一つ目は、写真について小さいけど幸せなビジョンが生まれたこと。
二つ目は私の写真を良いと思ってくれる人がいたということ。
日々SNSを見ていると、あの手この手でいいね!やフォロワーを集めようとしている人を見かける。
私としては彼らのやり方があまり自分の幸せにつながると思えないのだが、SNSではどうしても他人と自分の作品や影響力を比較してしまいがちだし、しょうがないのかもしれない。
他人のことならあれこれ言えるが、かくいう私も自分の写真にたくさんいいね!が付けば喜ぶだろうし、フォロワーを増やしたい気持ちはある。
しかし、今回この素敵な男性のおかけで気が付けた。
苦しみながらSNSで必死にいいね!集めをするより、目の前の一人との出会いを大事にしたい。他人じゃなくてまず自分が幸せになる写真を撮る。
そして、もし自分の写真を気に入ってくれる人と出会えたら、今度はその人をもっと幸せにするための写真を撮ろう。
SNSでいいね!より目の前の一人からの誉め言葉が嬉しい
「良い写真ですね。ここの独特な雰囲気も出ていて」
と、私の写真を見た見知らぬ男性は言った。
私はこれまで家族を除き、直接誰かに自分が撮った写真を見せたことがない。
すべてブログやSNSに載せるだけで、私にとってはそれが自分の写真を「見せる」ことだった。
先日、まだ夜が明ける前から海岸で写真を撮っていたときのこと。
一人の男性がスタスタと近づいてきた。
私は少し荷物から離れた場所で撮影していたので「まさかこの人、私の手荷物を盗もうとしている?!」…などとアホな被害妄想をしていたことは謝りたい。オッチャン、めちゃくちゃ失礼な勘違いをしてごめんなさい。
で、その男性は私の視線に気が付くと気さくに挨拶してくださったので少し言葉を交わしていたら、「写真、見せてもらえますか?」と聞いてきた。
ええ、まあ、自信ないですが…と思いつつ、私は男性に撮った写真を見せる。
男性は私の写真を見ると「良い写真ですね」とつぶやいた。
まあ、お世辞だったのかもしれない。「見せてくれ」と頼んでおきながら「イマイチですね」とも言えないだろうし。テキトーに出た言葉である可能性もある。
しかし、私はその男性が本当に「良い」と思って私の写真を褒めてくれたと信じている。
なぜかって??
それは、その男性から出ていた穏やかで朗らかなオーラを見てそう思ったのだ。
きっと、温かい人なんだろうな。
SNSの話に戻るが、きっと多くの人が自分の投稿に思ったほどいいね!が付かなくて落胆している。
しかし、今回の私の経験から言えばそれはあまり気にすることではないと思う。
男性から写真を褒められたとき、私はいろいろ考えた。
自分がその海岸で撮った写真は人受けを狙ったものではなく、あくまで自分が満足できる写真を納得するまで撮ろうという気持ちで撮っていた。
第一に私はその海岸の景色がとても気に入っていたし、あいにく曇りで日の出は見られなかったけど、それはそれで良い感じの光景だったので打算がなかったのだ。
それが、結果としてお褒めの言葉をいただけるような写真になっていた…と。
そのときに思ったのが、本当に写真が好きなら他人からの評価を気にするよりも、まず自分が目の前の景色に対する愛や感謝の気持ちを込めてシャッターを切ることに集中すべきだ―ということである。
今回のように、打算じゃなくて素直な気持ちで撮っていたらそれが何かの拍子で人様から評価されることがあるかもしれない。
もしそんな嬉しいことがあれば、今度はたった一人でも自分に嬉しい言葉をかけてくれる人のために写真を撮ろう。
誰かを幸せにしたいなと思いながら撮った写真、目の前の景色に愛を込めて撮った写真は、遅かれ早かれ自分の幸せになるのだと思った。
「個展の開催」という小さいけど大きい幸せなビジョン
海岸で出会った男性が私にもたらしてくれた二つ目の幸せについても書いておきたい。
男性「個展でもやるんですか?」
私「いえいえ、(そこまでではなくて)趣味で…」
男性「何かのイベントの隅っこにでも(写真を)出せたらいいですね」
別に私は男性に「個展を開きたい」と言ったわけでない。
だけど、「出せたらいいですね」というその言葉に、小さいけど明るく幸せなビジョンが自分の中で生まれた気がした。
私の中では個展といえばそれなりにレベルが高く、知名度のある人が開催するイベントだという認識があった。
だから、個展を開くなんてそんな壮大なビジョンは考えたこともなかった。
それがこの男性があまりにもさらっと「出せたらいいですね」なんて言うもんで、自分の中にある固定概念がいきなり壊れた感覚があった。
そして、「もしかしたら…できるのかも??」という不確かだけど小さな希望が生まれたのだった。
私は写真で有名になりたいとか、プロの写真家になりたいとは思っていない。だけど、本当に少しだけ、1枚とか2枚だけでも自分の写真を飾る機会があったら、それってとても楽しそうだなと思った。
写真って「撮ってどうすんの?」と考え始めると急に楽しくなくなってしまう側面もあるので、男性が発した言葉は今後の自分に非常に大きな意味をもたらす気がした。
写真は他人からの評価よりまず自分のため、そして誰かを幸せにする作品へ
たまたま居合わせたこの男性が自分に二つも幸運をもたらしてくれるとは、やっぱり直接人と会って話すのって大事だなと思った。
今までも写真はまず自分の気持ちを満たすために撮ることを大事にしてきたが、改めてその認識が強まる機会となった。
そして、その延長線上にまさか、本当にまさかで小さく自分の写真を飾る機会があったら…とても幸せだ。そのときは、自分の写真を見てくれた人に最大限感謝し、幸せのおすそ分けができたらと思う。…もちろん、そんなチャンスは自分で掴んでいくしかないが。
なんだかほんわかした気持ちになれた朝だった。